御嶽訴訟の判決文(7) ― 2022年09月01日 11:12
13. 緩和期間前兆説への疑義
本件噴火の直後の記者会見での藤井敏嗣火山噴火予知連絡会会長の発言「我々の予知のレベルはそんなもの」は、世間の悪評を買ったが、噴火から8年たった今では、筆者にはむしろ火山学者の本音と聞こえる。水蒸気爆発の予知が難しいのはまぎれもない事実だろう。しかし、木俣氏や岡田氏が言うように、火山性地震の多発とそれに続く緩和期間が噴火が近いことを示唆していると見なして、空振りは覚悟して、レベル1を2に上げる決断をすることは可能なのではないだろうか。
もっとも、この説が、もともとはマグマ噴火を想定したときの噴火プロセスの仮説(マクナットの噴火推移モデル)であるため(原告準備書面7、p.2-3)、本件噴火のような水蒸気噴火に適応してよいかどうか、専門家の間でも意見が分かれるところであること(山岡証言録p.16-17)と、緩和プロセスが具体的にどういう物理過程であるかが不明であることなどから、確立した説とは言えないようだ。(ただし、前者は噴火前にマグマ噴火になるか、水蒸気噴火になるか分からないのだから、9月12日~26日の緩和期間中にこの噴火推移モデルを適応して考えることを妨げるものではない。)
しかし、確立された説ではないにしても、判決文の中における緩和期間の無視の仕方には異常な(執拗な?)ものを感じる。さらに、本件噴火後に開かれた火山噴火予知連絡会の「火山観測体制等に関する検討会」が公表した報告書「御嶽山の噴火災害を踏まえた活火山の観測体制の強化に関する報告(2015年3月)」の2ページには、
「9月12日以降、火山性地震の回数は一日あたり10回~30回程度に減少したが、8月中旬以前の状態には戻らず、9月14日以降は少ない回数ながらも低周波地震も観測された。」
と、9月12日以降に火山性地震が減少と書いてはいるが、それが噴火の前兆である可能性については触れていない。この検討会には、岡田氏と木俣氏は参加していない。緩和期間前兆説に、賛意を示すかどうかは別にして、有力な火山学者が提起している仮説について、噴火後の予知連の検討会でまったく検討対象にならなかった(少なくとも報告書の上では)のもおかしなことに映る。
14. 「緩和期間前兆説」が判決に与える影響
判決文はこの検討会報告書の流れを汲んでいるようにも思える。
緩和期間前兆説が正しいかどうかは別にして、少なくとも広く火山学者に知られている説の一つとして、気象庁火山課は当然注視すべきだったと考えるか、その必要はなかったと考えるかは、争点(1)のイに対する判決の行方を左右する重要な要素である。裁判所は、9月10日の火山性地震多発から9月24日までは、気象庁火山課に注意義務違反はないとし、同月25日に週検討会で地殻変動の可能性が指摘されてから噴火時刻の27日11時52分までの間の火山課の動きのなかにのみ注意義務違反があると判断している。緩和期間前兆説を取り上げると、判決の基本的な構造が崩れることになり、その結果、第11節の最後に書いた「 裁判所が選んだ着地点」が無くなる可能性がある。
15. むすび
以上のように、御嶽訴訟に対して長野地方裁判所松本支部が下した判決には、多くの疑問を呈さざるを得ない。今後、控訴審で審理が重ねられることになると思うが、その成り行きを注視したい。
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