御嶽訴訟の判決文(1)2022年08月31日 11:24


1.判決主文

 2022713日に、20149月に発生した御嶽山(標高3067m)の噴火の犠牲になった登山者の関係者によって、国と長野県を相手に起こされた訴訟の判決が、長野県地方裁判所松本支部で言い渡された。気象庁の注意義務違反は認められたものの、遺族らの損害賠償請求は棄却された。(御嶽噴火とそれに起因する訴訟については、ブログ「一鴨日記」の20161112日と2017722日の記事に記載がある。)

 判決文は、本文だけで88ページある。判決文を読んでの第一印象は、「奇妙な?」である。なぜそう感じるかを、本稿で書こうとしている。

20149271152分、岐阜県と長野県の境にある御嶽山山頂付近で、水蒸気爆発が起こり、噴石の直撃等によって登山者58名が死亡し、5名が行方不明になった。気象庁が発表している火山噴火警報レベルは、「火山活動は静穏」を意味するレベル1だった。レベル2であれば、火口周辺への立ち入りが規制され、噴火があっても人命が損なわれることはなかったというのが原告団の主張である。裁判では、レベル1に留め置いた気象庁火山課の判断が、著しく合理性に欠けるものかどうかが争われた。

「判決」には、冒頭にわずか2行の主文が書かれている。(青字は引用。以下同様)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

 

以下、主文1がどのような証拠、証言、判断から導き出されたかを追ってみよう。以下、証拠は、原告らが提出したものを甲第〇号証、被告国が提出したものを乙第〇号証と記す。

 

2.事案の概要と争点

主文に続いて、原告の請求内容についての記載があり、「事案の概要」が記されている。その4に争点とあって、次の4項目が列記されている。

(1)被告国に対する請求に関する争点

ア 気象庁火山課の職員が本件噴火前に噴火警戒レベルをレベル2に引き上げなかったことは、職務上の義務に反し違法であるか

イ 気象庁火山課の違法行為と原告らに生じた被害との間に相当因果関係があるか及び損害額

(2)被告長野県に対する請求に関する争点

ア 被告長野県は、御嶽山山頂及びその周辺に設置した地震計の維持管理を違法に怠ったか

イ 被告長野県の違法行為と原告らに生じた被害との間に相当因果関係があるか及び損害額

 

 判決文には、まず争点(1)についての「原告らの主張」と「被告国の主張」があり、続いて争点(2)について「原告らの主張」と「被告長野県」の主張がある。次いで、裁判所が事実と認めた事柄「認定事実」が31頁にわたってあり、それに基づく裁判所の「判断」が24頁にわたって書かれている。この「判断」のところで、裁判所が原告らの請求を棄却する理由が述べられている。

本稿では、主に争点(1)について詳しく見ていく。上記のように判決文の論述には、原告と被告の主張、認定事実、裁判所の判断があるので、そのことを常に意識しながら読んでいただきたい。

まず、被告国の二つの主張を取り上げよう。国は、気象庁が様々な気象・地象について警報を発するのは、国民に注意を喚起するのが目的であって、国民の生命・身体を保証することが目的ではないと主張する。また、警報を頻繁に出すと国民の間に慣れを生じさせるためかえって危険を招く恐れがあると主張する。次に、これら二つの国の主張とそれぞれに対する裁判所の解答(判断)を、原文のまま引用する。(この稿続く)


御嶽訴訟の判決文(2)2022年08月31日 11:27

3.警報は個々の国民の生命・身体を保護すべき法的な義務を担っているか 

 国は次のように主張する。

「法の定めによれば、法13条1項にいう予報及び警報は、(中略)第一次的には、気象庁火山課の職員に対し、不特定多数の一般公衆に周知させるべく、地象等についての情報提供を義務付けるにとどまり、直ちに、個々の国民との関係で、その生命又は身体を保護すべき個別具体的な職務上の法的義務を課したものとは解し難く、(中略)このことは、噴火警戒レベルに応じて警戒区域への立ち入りを制限・禁止したり、警戒区域からの退去を命じたりするのはあくまでも当該地域の市町村だあることからも裏付けられる。」(判決文p.15

 

これに対して裁判所は、

「噴火予報等と噴火警戒レベルが、噴火時等にとるべき防災対応との関係を明確化し、市町村長に対し、火山活動の状況把握や迅速な避難指示等の発令を支援するものとして、気象庁と周辺自治体との調整を経て導入されたものであり(前記認定事実(2)ア、イ)、気象庁と周辺自治体の協議内容が周辺自治体の地域防災計画に反映されないと噴火警戒レベルが導入できないとまでされていること(要領6条1項)等に照らすと、(中略)気象庁の行う噴火警戒レベルの引上げ及び噴火予報等の発表は、単に公益を保護することによって反射的に国民の生命又は身体を保護するにとどまらず、個々の国民の生命又は身体を災害から保護することまで目的とするものであるというべきである。」(判決文p. 68)(筆者注:引用文中の「反射的」は、日常的な語句に直すと「間接的」に置き換えることができる。)

 

と述べ、噴火警戒レベルを運用する以上は、気象庁は国民の生命・身体の安全に責任があることを明確に示した。この判断は、争点(1)が審理の対象になることを保証したと言えるだろう。

 

4.警報の効果の希釈化はあるか

国の二つ目の主張は、

「警報をしたものの噴火が発生しない事態が続発すれば、警報自体に対する信頼性を損なうことになりかねず、かえって警報による警告の効果が希釈化されることににもなりかねない」(判決文p. 15

 

である。これに対する裁判所の判断は、

「このような問題は、(中略)一般への周知、啓蒙により解決すべき事柄であって、警報の効果の希釈化を考慮して警報の運用を慎重にせざるを得ないとすれば、気象庁火山課の職員に、必要かつ最低限の場合のみ警報を発表することを求めることになりかねず、無理を強いるものであって相当でないから、被告国の上記主張は採用できない。」(判決文p. 84)(筆者注:「相当」という語句は裁判でよく用いられるようだが、普通の語句に置き換えるとすれば、上の文脈の場合「ふさわしい」でいいだろう。)

 

と、これも明確に退けている。

 この二つ目の争点は、住民の避難を命じる立場にある市町村長がいつも直面する問題である。避難指示が空振りに終わることを恐れて、躊躇している間に災害が発生し、避難指示が災害発生の後になることがしばしばある。ここでの裁判所の判断は筋が通っていると言えるが、各自治体の長としては、ではどうすればいいのだ、と言いたくなるかもしれない。しかしながら、選挙で選ばれた自治体の長は、そういった重い責任を負うことも含めて、住民から判断を負託されているのである。そのような負託とは無縁の気象庁が、避難とリンクした噴火警戒レベルを発出するところに、そもそもの問題の根源があるのかもしれない。

 そういった火山噴火警戒レベル自体の問題について、審理の初期の段階で原告ら代理人の一人に話を向けてみたことがあるが、国賠訴訟ではそういう問題は扱わないと、取り付く島のない返答だった。火山噴火警戒レベルがあることを枠組みとして、審理を進めるという方針だったのだろう。

 (この稿続く)



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このブログについて

大阪の高校を退職して、2011年東日本大震災の直後に山梨県小淵沢に移住しました。物理の教員歴33年の間に、地震の話や原子力の話はしたものの、防災教育をやってなかったことを痛感して、以後、防災教育に関する活動を継続しています。
これまでCCnetのブログ(「一鴨日記」)に投稿していましたが、編集機能の問題があって「アサブロ」に引っ越しました。2022年8月31日以前の投稿記事については、旧「一鴨日記」を御覧ください。

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