御嶽訴訟の判決文(6)2022年09月01日 11:10

11. 火山課の違法行為と被害との因果関係

 以上は、本稿2ページに書いた、争点のうち(1)のアに関する、裁判所の認定事実と判断、およびそれらについての筆者の考察である。

9節の最後に述べたように、裁判所は、(1)のアについて、「裁量の許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであると認めるのが相当である」と断じている。しかし、争点(1)の「イ 気象庁火山課の違法行為と原告らに生じた被害との間に相当因果関係があるか及び損害額」については、裁判所は原告の損害賠償請求を退けている。判決文(p.86)は、その理由を次のように述べている。

「山体膨張を示す地殻変動の可能性について更なる検討等のために、噴火警戒レベルの引上げまでに一定程度の時間を要する必要がある。」

 

従って、

「立ち入り規制等の措置が、被害者ら登山者が本件噴火時に火口周辺に立ち入ることがなかったといえる時点までに確実にされたとまで認めることは困難である。」

 

故に、

「気象庁火山課の職員が上記注意義務を尽くしていれば、死亡または負傷被害が生じなかったと認めることは困難と言わざるを得ず、気象庁火山課の職員の違法行為と原告らに生じた災害との間に相当因果関係があるということはできない。」

 

要するに、925日の週検討会の後、気象庁が地殻変動のデータを洗い直し、その結果をもってレベルを2に上げたとしても、927日の噴火には間に合わなかっただろうから、気象庁火山課の注意義務違反と原告らの損害との間には因果関係が認められない、という判決である。上記の注意義務違反の判断と合わせて、なんともモヤモヤの残る判決である。

モヤモヤの原因は何かというと、気象庁は、レベル上げを先送りしているうちに、火口周辺規制が間に合わなったお蔭て、賠償責任を免れたように見えるからである。審理が重ねられるに従って、気象庁火山課の注意義務違反を否定することができなくなった。しかし、一方では噴火と言う自然災害だのに、高額の損害を請求することに対する世間の批判もある。そんな中で、裁判所が選んだ着地点がこれではないだろうか。

 

12.火山噴火警戒レベルに欠けていたもの

 火山を域内に抱える市町村の首長にとって、火山噴火警戒レベルは、自らの責任を軽減してくれるという意味で、ありがたい存在だろう。しかし、レベル上げが噴火に間に合った例は少なく。逆に噴火してからレベル上げが発表される例は枚挙にいとまがない。しかし、噴火対応に一応の道筋を示しているという意味で、限定的な役割を果たしていると言えるだろう。

実際、本件判定基準(図2)の枠内に記された5項目、特に火山性地震に関する項目が、911日の段階で忠実に守られていたら、噴火より2週間以上前にレベル2が発表され、噴火による犠牲者は出なかったと考えられるから、結果的にこれらは実効性のある判定基準だったと言える。問題は、判定基準そのものというより、運用する側の危機感の欠如だろう。

何によらず危機感は、現場に臨場して初めて身に染みて感じるものである。気象庁の火山観測の体制は、2001年に全国4か所の火山・監視情報センターに集約され、不十分ながらも整備された観測機器のデータはセンターに集められ、解説情報や噴火警戒レベルに加工されて、地方気象台や自治体への連絡される方式になった。かつては全国で100以上の有人施設で機能していた測候所が、1997年から2010年にかけて2か所を除いて廃止された結果、火山の地元と言えるのは、原則として各都道府県ごとに1ヶ所設置されている地方気象台である。しかも、地方気象台は本庁発表の伝達が主な役割で、内容について意見を言ったり、独自に解説を加えることはできないと言う(長野地方気象台職員(談)「検証 御嶽山噴火 火山と生きる-927から何を学ぶか」信濃毎日新聞社、2015年、p.69)。つまるところ、観測データを直に見て噴火警戒レベルの上げ下げの判断をするのは、火山から遠く離れた火山・監視情報センター(御嶽山の場合は東京大手町の気象庁、本稿においてすでに何度も登場している気象庁火山課とはここのことである)の職員である。彼らに常に臨場感を持てと言うのは、無理な注文だろう。

火山噴火警戒レベルの運用に関しては、当初から火山専門家の間に懸念する声があった(例:日本経済新聞「『噴火警報』機能に懸念」2008127日)。岡田弘(北海道大学教授(論文発表当時))は、「火山活動のレベル化情報およびシナリオ型対策に関する一考察(地球惑星科学関連学会2005年大会予稿)」で次のように述べている。

「一般に、レベル表や、もっと本質的には「シナリオ型対策」においては、当然のことながらあらゆる場合を事前から想定しておくわけにはいかないし、どうしてもその山の過去の少数事例に強い影響を受けがちであることは、 過去の火山危機の実例から類推して想像に難くない。従って、シナリオ型対策においては、「何のためのシナリオ か?」や「レベル化で誰に何を伝えようとしたいのか」など常に原点に戻って柔軟に対応できる体制で対処し、社会的なコミュニケーションを十分図ることが必要であろう。」

岡田弘:北海道大学理学部附属有珠火山観測所所長、同地震火山研究観測センター長を歴任。2000年の有珠山噴火の際には、火山専門家の見地から噴火前の住民避難に尽力し、「有珠山のホーム・ドクター」と言われた。著書に「有珠山 火の山とともに(北海道新聞社、200810月」がある。

 

このように噴火レベル導入にあたっては社会的コミュニケーションを十分に図る必要があると指摘している。噴火警戒レベル策定を目的に設けられた「火山情報等に対応した火山防災対策検討会」の報告書「噴火時等の避難に係る火山防災体制の指針(2008319日)でも、火山の地元で協議会を設置すること、協議会のメンバーの中で火山専門家を含むコアメンバーを構成し、その活動を主導することが謳われている。しかし、実態としては上に書いたように火山専門家である山岡教授と気象庁火山課との認識のすれ違いや、気象庁本庁と地方気象台の情報の一方通行があった。山岡教授の証人調書には次のやりとりがあった(山岡調書p.25)。

(原告ら代理人)「気象庁は解説情報を出した場合にでも、地元の自治体に登山客はどうなっているかとか、何らかの対応をしたのかいったような確認はすることになってなかったようなんですけれど、証人としては当時、その解説情報を出しても地元に特に確認するような態勢になってなかったということは、御存知ではなかったということでしょうか。」

(山岡証人)「特にそこは承知しておりません。」

 

岡田弘・北海道大学名誉教授は、証拠文献として原告らから裁判所に提出された著作「的確な監視と警戒による火山災害軽減の歴史から学ぶ-有珠山と御嶽山噴火のコミュニケーション考」(日本の科学者vol.50, No.5, 20155月)の中で、火山災害の軽減には、火山研究者、行政、マスメディア、住民の間のコミュニケーションが何より大切と強調している。御嶽山噴火では、これが決定的に欠けていた。



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大阪の高校を退職して、2011年東日本大震災の直後に山梨県小淵沢に移住しました。物理の教員歴33年の間に、地震の話や原子力の話はしたものの、防災教育をやってなかったことを痛感して、以後、防災教育に関する活動を継続しています。
これまでCCnetのブログ(「一鴨日記」)に投稿していましたが、編集機能の問題があって「アサブロ」に引っ越しました。2022年8月31日以前の投稿記事については、旧「一鴨日記」を御覧ください。

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