御嶽訴訟の判決文(4) ― 2022年09月01日 11:01
7.公表されていなかった本件判定基準
そもそも本件判定基準には、不思議なことがある。
9月11日17時30分に気象庁火山課から、名古屋大学地震火山研究センターの山岡耕春教授に電子メールで本件解説情報1を発表したこと、「現状では噴火警戒レベルを上げる必要はないと考えている」ことが伝えられ、コメントが求められた。山岡教授は、返信のメールで今後注意して見なければならないデータを指摘し、同時に「御嶽山は山頂登山シーズンが終わったので、しばらく様子を見守ることでよい」とコメントした。
不思議に思うのは、火山噴火予知連絡会のメンバーの一人で、気象庁がコメントを求めた山岡教授が、本件判定基準を知らされていなかったことである。判決文の認定事実に次のように記されている。
「気象庁は、規則18条の4に基づき、御嶽山の噴火警戒レベル判定基準を定め、平成20年3月31日から運用を開始した。(中略)本件判定基準は、外部の火山学の専門家に意見を募らず作成されたもので、本件噴火当時、外部に公表されておらず、山岡教授らにも知らされていなかった。」(判決文p.43)(筆者注:名古屋大学の山中佳子准教授にも気象庁火山課からメールによる意見聴取がされた。判決文中では、山岡教授と山中佳子准教授をひっくるめて「山岡教授ら」と呼称している。)
図1の御嶽山の噴火警戒レベルは公表されており、本件解説情報1でも噴火警戒レベルは1であると冒頭に書かれているが、図2のレベルの判定基準は、気象庁の内部資料として公表されていなかった。従って、気象庁は今後どうなればレベルを2にするつもりかについての情報は、山岡教授を初めとする火山噴火予知連絡会のメンバーに伝わっていない。山岡教授は、上記のように気象庁からの問い合わせに応えて「しばらく様子を見守ることでよい」と返信したことが、裁判の審理の過程でレベル1を維持することに同意したと解釈される。しかし、彼はレベル2にあげる観測的根拠が何かを知らないのである。第三者から見ると、信じられない奇々怪々な状況と言わざるを得ない。
8.低周波地震の発生
解説情報1の発表以降、解説情報2が9月12日16時00分に、解説情報3が9月16日16時00分に発表され、いずれの場合も、レベル1の継続が公表された。山岡教授は9月11日の気象庁宛てのメールで、「低周波地震や微動が発生した場合は、次の段階だと思う」と書いている。実際、9月14日に1回、16日に2回の低周波地震が発生したが、気象庁の注意を引くことはなく、9月17日午前11時30分に、気象庁から山岡教授に、「地震回数のピークはひとまず超えたと考え、地震活動以外に変化が見られていないことから、以降、活動にまた変化があったときに発表することとしたことを電子メールで伝えた。(判決文p.58)
一方、山岡教授は、名古屋大学地震火山研究センター(山岡教授)では低周波地震の発生を受けて、観測機器の整備点検に関して打ち合わせをしたと証言している(以下、山岡教授の証言の記録を「山岡調書」と記す)。それについての裁判長と山岡証人の間に次のやりとりがあった(山岡調書p.66)。
(裁判長)「名古屋大学の方からすると、火山性地震があって、低周波地震があった。これはちょっと重く見たっていう感じになるんですか」
(山岡証人)「だから噴火をする可能性があるというふうに私たちは考えて、そのときに私たち研究者の仕事は、きちんとデータを残しておくことなので、とにかくデータを残すために最善のことをしましょうといって、そのようなことをしました。」
気象庁がピークは越えたと警戒を緩める一方で、名古屋大学地震火山研究センターは噴火に備えて観測を強化した。低周波地震が観測されたにも関わらず、レベル1を継続した気象庁の判断に対して裁判所は次のように評価している。
「24日までの時点で、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げなかった気象庁火山課の職員の判断の過程が十分なものといえるか疑問の残るところではあるが、それでもその過程、少なくとも判断の結果については、その許容される限度を逸脱して著しく不合理であるとまではいえず、職務上の注意義務に反するとはいえない。(判決文p.78)」
この評価の理由として裁判所が挙げているのは(箇条書きで示す)、
①
低周波地震の回数が過去の噴火(1991年と2007年)に比べて少ない。
②
山岡教授のメールでは、低周波地震や火山性微動が発生した場合には、直ちに噴火警戒レベル2に引き上げるべきとの意見とは解することができない。
③
気象庁は17日に山岡教授にメールを送り、一応の情報共有をしていた。
以上の3項目(判決文p.75~p.78を要約)である。ここに裁判所の誤解が見える。裁判所は、気象庁の注意義務違反を否定する理由の一つとして②を挙げているのだが、山岡教授はレベルの決定は気象庁の職掌だから、それに口出しする義務も責任もないと考えていた。筆者がそう考える根拠は、山岡教授が証言の中で、「気象庁がレベルを上げないのはなぜかなと思ったけれど、それを向こう(気象庁(筆者注))に伝える理屈はない」と答えていることである(より正確には、証言の中で原告らの代理人が言及したあるインタビューの中で、上のように答えたと証言している)。また、山岡教授が裁判所に提出した意見書でも、
「噴火警戒レベルの判断は、気象業務法に基づいて「気象庁において判断すべき事項であり、今回、噴火警戒レベル2に引き上げる状況であったかどうかは、気象庁が判断すべきものである。噴火予知連絡会委員は、火山活動の評価について議論をするが、噴火警戒レベルについては、あくまで気象庁の責任において判断すべき事項である。」(乙第39号証、山岡教授意見書p.4)
と述べている。
上に箇条書きで示した裁判所の評価の1ページ前(判決文p.77)で、裁判所は「火山噴火予知連絡会において御嶽山を担当していた名古屋大学の山岡教授」という表現を用いている。ところが、山岡教授は証言の中(山岡調書p.49)で、代理人と次のやり取りをしている
(原告ら代理人)「証人としては、予知連の委員として、御嶽山の窓口というか担当になったのはいつからですか。」
(山岡証人)「担当というのは、公式には多分、決めていないと思うんですね。」
(原告ら代理人)こういうふうに何か前兆現象があれば、個別に連絡が来るような対象になったのはいつですか。
(山岡証人)「それは、気象庁の方が判断をされたのですから、私には分かりません。」
つまり、火山噴火予知連絡会の御嶽山担当というのは、気象庁と予知連の間で公式に定められたポジションではないということである。予知連のHPを見ても、メンバーのだれがどの火山を担当ということは一切書かれていない。裁判所は、この誤解から、気象庁がレベルを2に上げなかった理由の一つとして、山岡教授のコメントを過度に重要視していると言えるだろう。
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