山家集をよむ(16) ― 2024年07月04日 21:38
(151) 風吹くと枝を離れて落つまじく花とぢつけよ青柳の糸
青柳の糸よ、風が吹いても枝から落ちないように、花を縫いつけておくれ
Threads of the green willow, please sew the flowers so that they will not fall off the branches even when the
wind blows.
(152) 吹く風のなめて梢にあたるかなかばかり人の惜しむ桜に
どの風も皆梢にあたっていくなぁ、人がこんなにも惜しむ桜なのに
Every wind blows against the treetops, even
though these cherry blossoms are so dear to people.
(153) なにとかくあだなる花の色をしも心に深く染めはじめけん
どうしてこんなに儚い花の色を心に深く染め始めたのだろうか
Why did the color of such a fleeting flower
begin to be dyed so deeply in my heart?
(154) 同じ身の珍しからず惜しめばや花も変らず咲けば散るらん
同じようにこの世を惜しむ私だが、花も同様に咲けば散るのだなぁ
I too miss this world, but flowers also
bloom and then wither.
(155) 峯に散る花は谷なる木にぞ咲くいたくいとはじ春の山風
峯に散る花は谷の木に咲く花となるのだから、春の山風をひどくは嫌わないでおこう
The flowers that fall on the mountain peaks become the flowers that bloom on the trees in the valley, so let's
not hate the
spring mountain breeze so much.
(156) 山おろしに乱れて花の散りけるを岩離れたる滝と見たれば
山から吹き下ろす風に花が散るのを、岩を離れて落ちる滝の水ようだと見てみようか
Let's see the flowers scattered by the wind
blowing down from the mountains as water tumbling off a rock.
(157) 花も散り人も都へ帰りなば山さびしくやならんとすらん
花が散り人も都へ帰ったら山はさびしくなるだろうな
When the flowers fall and people return to
the miyako, the mountains will become lonely.
(158) 青葉さへ見れば心のとまるかな散りにし花の名残りと思へば
青葉を見れば、散ってしまった花の名残りと思って、私の心は落ち着くでしょうか
When I see green leaves, will my heart be
calmed, thinking that they are remnants of fallen flowers?
(159) 跡たえて浅茅しげれる庭の面に誰分け入りてすみれ摘みてん
誰も手入れをせず、一面に小さな茅が生えている庭に誰かが入ってスミレを摘んだのだろうか?
Had someone gone into the garden, which was
untended and covered with small thatch, and picked violets?
浅茅(あさぢ):丈の低い茅
(160) 誰ならん荒田の畔にすみれ摘む人は心のわりなかるべし
それは誰でしょう? 荒れた田んぼの畔でスミレを摘む人は、きっと優雅な心を持っているのでしょう。
Who would that be? A person picking violets
by the side of a wasted rice field must have goodness of heart.
畔(くろ):あぜ
わりなし:理無し。優美な。
山家集をよむ(17) ― 2024年07月13日 14:52
(161) なほざりに焼き捨てし野の早蕨は折る人なくてほどろとやなる
焼け野原になった畑に生えた春のワラビは、
摘み取る人がいないので、穂がすっかり成長しました。
The ears of bracken that grew in the
burnt-out fields in the spring have fully grown because there is no one to pick
them.
(162) 沼水にしげる真菰のわかれぬを咲きて隔てたるかきつばたかな
沼にはマコモがたくさん繁っているけれど、カキツバタは花で見分けることができます
Although there are so many makomo in the
swamp, the kakitubata can be told apart by its flowers.
沼水(ぬまみず)
真菰(まこも):イネ科の大形多年草。葉はカキツバタに似る。
(163) 岩伝ひ折らでつつじを手にぞ取る険しき山のとりどころには
険しい山の岩を伝うときは、ツツジを手折るのではなく手の支えにして登ります。
When climbing steep mountains along rocks,
use azaleas as support instead of breaking them.
険しき(さがしき)
(164) つつじ咲く山の岩かげ夕映えて小倉はよその名のみなりけり
小倉山という山名にもかかわらず、岩陰に咲くツツジが夕日に映えています。
Despite the mountain's name, Mt. Ogura, the azaleas blooming in the shade of the rocks shine in the setting
sun.
(165) 岸近み植ゑけん人ぞ恨めしき波におらるる山吹の花
花が波に洗われるほど岸の近くに山吹を植えた人が恨めしいです
I grudge the person who planted the Kerria
so close to the shore that the flowers are washed by the waves.
(166) 山吹の花咲く里になりぬればここにも井出と思ほゆるかな
山吹の花が咲く里になったので、ここも井出かと思えます
It has become a village where Yamabuki
flowers bloom, so I think this place is also Ide.
井出:山城国の地名。京都府綴喜(つづき)郡井手町井手。山吹の名所。
(167) 真菅生ふる山田に水をまかすればうれし顔にも鳴くかわづかな
菅が生えている山の田に水を引くと、カエルがうれしげに鳴きます
When water is poured into a mountain field
where sedges grow, frogs croak happily.
真菅(ますげ):菅の美称。カヤツリグサ科スゲ属。大型のものは笠や蓑に用いられた。
(168) みさびゐて月も宿らぬ濁江にわれ住まんとてかはづ鳴くなり
月が水面に映らない濁って錆びた川に、私は生きていると主張するようにカエルが鳴いている。
Frogs are croaking as asserting that it
lives in the river murky and rust where the moon is not reflected on the water.
みさびゐて:錆が浮いたような
濁江(にごりえ)
春のうちに郭公を聞くと云うことを
(169) うれしとも思ひぞわかぬ郭公春聞くことのならひなければ
春にホトトギスの鳴き声を聞いても季節外れなとの思いが先だって、嬉しいとは思えません
Even when I hear the song of a cuckoo in spring, I can't help but feel that it's out of season, and I don't feel
happy.
郭公(ほととぎす):以下同様。
伊勢にまかりたりけるに、三津と申す所にて、海辺暮春と云うことを神主どもよみけるに
(170) 過ぐる春しほのみつより船出して波の花をや先にたつらん
過ぎてゆく春に三津の港から満潮を待って船出すれば、舳先に花のような白波がたつでしょう。
As spring passes, if you set sail from Mitsu Port at high tide, white waves like flowers will form at the bow.
しほのみつ:潮が満ちる
みつ:三津。伊勢にあった港
山家集をよむ(18) ― 2024年07月19日 14:56
三月、一日足らで暮れにけるによみける
(171) 春ゆゑにせめても物を思へとや三十日にだにも足らで暮れぬる
春なので物思いにふけっていましたが、30日を数えずに3月が終わってしまいました。
I was lost in thought because it was spring, but March ended without counting the 30th.
一日(ひとひ)足らで:旧暦のひと月には大月30日と小月29日があり、年によって入れ替わるため30日がない月もある。
三十日(みそか)
(172) 今日のみと思へばながき春の日も程なく暮るる心地こそすれ
春の日は今日で終わりだと思うと、長い春の一日もすぐに終わるような気がします。
When I think that the spring day is only
for today, I feel like that the long day of spring will end soon.
(173) ゆく春を留めかねぬる夕暮れは曙よりもあはれなりけり
留まることなく過ぎ去っていく春の夕暮は、曙よりも深い趣があります
The spring evening that passes without
stopping has a deeper charm than the dawn.
(174) 限りあれば衣ばかりはぬぎかへて心は花を慕ふなりけり
季節も進んできたので着物は衣替えしましたが、心は今も花を慕っています。
As the season has progressed, I have changed my kimono, but my
heart still yearns for flowers.
(175) 草しげる道刈りあけて山里は花見し人の心をぞ見る
繁った草を刈って道を開けると、花を見るために山里に通った人の心を見る思いがします
When I clear the path by mowing the growing grass, I feel like I can see the hearts of people who visit
mountain villages
to see the flowers.
(176) 立田川岸の籬を見わたせば井堰の波にまがふ卯の花
立田川の土手を眺めると、塀のウツギの花が堰の波のように見えます。
When I look over the banks of the Tatsuta River, flowers of Unohana on the fence is seen like the waves of
weir.
籬(まがき):木枝や竹を格子状に組んだ垣。
井堰(いせき):川から水を引くために流れを堰き止める施設。
(177) まがふべき月なき頃の卯の花は夜さへさらす布かとぞ見る
月明りと見まがう卯の花ですが、月明りもない夜には、夜に晒す布かと見間違えます
Flowers of Unohana can be mistaken for moonlight, but on nights when there is no moonlight, it can be
mistaken for
cloth exposed at night.
(178) 神垣の辺りに咲くも便りあれや木綿かけたりと見ゆる卯の花
三室神社の塀に掛けられた由布のような卯の花について、何か便りをお持ちでしょうか?
Do you have any news about the unohana
that look like the cloth of yufu hanging on the wall of Mimuro
Shrine?
神垣(かみがき):神が鎮座する所。地名の「みむろの山」にかかる。
木綿(ゆふ):楮(こうぞ)のこと。また、それを原料とした布。
無言なりける頃、郭公の初声を聞きて
(179) 郭公人に語らぬ折りにしも初音聞くこそかひなかりけれ
ホトットギスの初音を聞きましたが、「無言の業」の最中だったので、人に語ることもできず、むなしいことです
Although I heard the cry of Hototogisu
first time in this year, but unfortunately I was practicing silent deed so I
couldn't tell it anyone.
無言:ある期間無言を通す仏道修行。
郭公(ほととぎす)
初音:誰よりも先に初音を聞き、人にそれを語るのを喜びとした。
尋ねざるに郭公を聞くと云うことを、賀茂社にて人々よみけるに
(180) ほととぎす卯月の忌に忌籠るを思ひ知りても来鳴くなるかな
私が卯月の忌で引きこもっているのを知っていたのに、ホトトギスが来て鳴きました。
Hototogisu
came and chirped, even though it knew that I shut myself due to the mourning of
Uzuki.
卯月の忌(うづきのいみ):賀茂祭の前に身を清めること。
忌籠る(いこもる)
山家集をよむ(19) ― 2024年07月21日 14:35
(181) 里馴るるたそがれどきの郭公聞かず顔にてまた名乗らせん
たそがれどき里に慣れて鳴かなくなったホトトギスに、まだ聞いていないふりをして、また名乗らせましょう
Hototogisu has gotten used to the village and stopped singing at the twilight hours. Let's pretend that we
haven't heard it yet, and ask to introduce itself again.
里馴るる:山から出て里になれる。
聞かず顔:聞こえていないふり。
(182) 我が宿に花橘を植ゑてこそ山ほととぎす待つべかりけれ
庭に橘を植えてカッコウが来るのを待つべきでした
I should have planted a tree of flower
orange in my garden and waited for Hototogisu to come.
橘:ホトトギスと橘は、詩歌や絵画によく用いられる組み合わせ。
(183) 尋ぬれば聞きがたきかと郭公今宵ばかりは待ちこころみん
歩き回っても鳴き声が聞こえないので、今夜はここでホトトギスを待ってみよう。
Let's try to wait here the Hototogisu
for tonight, since we can't get the cry even if we walk around.
(184) 郭公待つ心のみ尽くさせて声をば惜しむ五月なりけり
5月になって、私はホトトギスが鳴くのを心待ちにしているのに、ホトトギスは鳴くのをためらっています
It's May and I'm eagerly awaiting Hototogisu
to chirp, but it hesitates to cry.
人に代わりて
(185) 待つ人の心を知らばほととぎすたのもしくてや夜をあかさまし
もしホトトギスが、鳴くのを待っている人の心を知っているのなら、私は一晩中でも起きて夜を明かすでしょう
If the hototogisu knows the heart of the person waiting for its song, I will stay up all night
人に代りて:代作
郭公を待ちて空しく明けぬと云ふことを
(186) ほととぎす聞かで明けぬと告げ顔に待たれぬ鳥の音ぞ聞こゆなる
待ちもしなかった鳥たちが、ホトトギスの鳴き声もなく、夜明けを告げるかのように鳴き始めました
Birds, which I had not even waited for,
began to sing to announce the dawn without the cry of Hototogisu.
音(ね)
(187) 郭公聞かで明けぬる夏の夜の浦島の子はまことなりけり
浦島太郎が(玉手箱を)開けたように夏の夜は、カッコーの声を聞かぬ間に明けてしまいました。
Just as Urashima Taro opened the treasure box, the summer night passed by before the cry of the cuckoo
could be heard.
(188) ほととぎす聞かぬものゆゑ迷はまし花を尋ねぬ山路なりせば
花を尋ねて歩いた山路ではなかったので、きっとホトトギスの声を求めるうちに迷ったのだろう
It wasn't the mountain path I had walked on in search of flowers, so I must have gotten lost while searching for
the voice
of Hototogisu.
(189) 待つことは初音までかと思ひしに聞きふるされぬ郭公かな
待つのは初鳴きまでかと思っていたけれども、ホトトギスの鳴き声は聞きあきることがありません
I thought I would have to wait until the
first cry, but I never stopped hearing the cries of the Hototogisu.
(190) 聞き送る心を具してほととぎす高間の山の峯越えぬなり
鳴き声を聞き送っていると、ホトトギスは私の心を掴んで高間山の頂上を飛び越えていきました。
As I was listening off the cry, Hototogisu
grabbed my heart and flew over the top of Mt. Takama.
聞き送る:「見送る」からの造語と思われる。
高間の山:奈良県と大阪府の県境にある山。金剛山。
山家集をよむ(20) ― 2024年07月25日 19:44
(191) 大井川小倉の山のほととぎす井堰に声のとまらましかば
小倉山で鳴くカッコウは大井川の堰堤に止まってくれるでしょうか?
Will the hototogisu that sings on
Mt. Ogura ever land on the Oigawa dam?
大井川:大堰川。桂川の上流。小倉山の麓を流れる。
井堰(ゐせき)
「落ち積もる紅葉をみれば大井川井堰に秋もとまるなりけり(藤原公任)」に拠る。
(192) ほととぎすそののち越えん山路にも語らふ声は変らざらなん
ホトトギスよ、死後に越えるという山路でも、語らう声は変らないでほしい
Hototogisu,
even when I cross the mountain road after death, I wish that your speaking
voice will not change.
(193) 郭公思ひもわかぬひと声を聞きつといかが人に語らん
はっきりしないけれどホトトギスの声が聞こえてきました。人に話してみましょう、あなたは聞きましたか?
Although it wasn't clear, I could hear the
sound of Hototogisu. Let's talk to people, did you listen?
(194) ほととぎすいかばかりなる契りにて心つくさで人の聞くらん
ホトトギスの第一声を難なく聞くことができた人々は、ホトトギスとどんな約束を交わしていたのでしょうか?
What promise did the people who were able
to easily hear the hototogisu's first song make with it?
(195) 語らいしその夜の声はほととぎすいかなる世にも忘れんものか
あなたと語らったその夜に聞いたホトトギスの鳴き声は、来世にあっても忘れはしません
Even in the next life, I will never forget
the cry of the Hototogisu I heard that night when I talked with you.
(196) ほととぎす花橘はにほふとも身をうの花の垣根忘るな
ホトトギスよ、橘の花が匂っても、以前身を寄せていたうの花の垣根を忘れないでおくれ
Although the smell of orange blossoms is very fragrant. Hototogisu, please don't forget the hedge of
Unohana where
you perched on before.
(197) 郭公しのぶ卯月も過ぎにしをなほ声惜しむ五月雨の空
忍び音の4月が過ぎたのに、五月雨の空の下でホトトギスはまだ鳴き声を控えています
Even though April has passed, Hototogisu
still refrains from singing under the rainy sky of May.
(198) 五月雨の晴れ間も見えぬ雲路より山ほととぎす鳴きて過ぐなり
五月雨の雲に覆われた空をホトトギスが鳴いて飛び去っていきました
Hototogisu
flew away singing in the sky covered with rain clouds in May.
山寺ノ郭公、人々よみけるに
(199) 郭公聞くにとてしも籠らねど初瀬の山はたよりありけり
ホトトギスを聞くために参籠したのではないけれど初瀬の山からホトトギスのたよりがありました
Although I did not come here to listen to Hototogisu,
there was news of Hototogisu from Mt. Hatsuse.
初瀬の山:大和国。長谷寺のある山。
五月晦日に、山里にまかりてたち帰りけるを、郭公もすげなく聞き捨てて
帰りしことなど、人の申し遣はしたりける返事に
(200) 郭公名残りあらせて帰りしが聞き捨つるにもなりにけるかな
ホトトギスの声を聞くことに未練を残しながらも帰ったのは、結局聞き捨てたことになるでしょう
The fact that you went home with some regrets about listening to the voice of Hototogisu probably meant
that
you had given up on it in the end.
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