御嶽訴訟の判決文(5)2022年09月01日 11:03

9.「山体膨張の可能性」を深く検討しなかった罪

気象庁火山課では、毎週木曜日に30分~1時間程度の時間をかけて、管区内の常時観測火山(当時の東京管区内は御嶽山を含む19火山)について、1週間分の観測データを確認し、検討する会(以下「週検討会」という)を実施している。(判決文p.50

925日(木)に定例の週検討会が開かれた。その席上で監視担当員が、御嶽山が山体膨張している可能性を示すデータを提出した。その場でデータを検討したが、ノイズも含まれるので今後も監視を続けることとし、噴火警戒レベルは1に据え置かれ、新たな解説情報も出されなかった。

 この段階における気象庁の判断過程に対する裁判所の評価は、やや込み入っている。(判決文p.80をもとに箇条書きに要約する)

    山体膨張を示すわずかな地殻変動の可能性が観測されたと指摘されたのだから、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべきであったということも十分に考えられる。

    もっとも、上記の指摘では山体膨張による地殻変動が確定的に観測されたとは言えず、直ちにレベルをレベル2に引き上げるべき注意義務が生じていたとまではいい難い。

    しかし、山体膨張を示す地殻変動の可能性が観測されたと指摘された以上は、現にわずかな地殻変動が認められるのかを更に慎重かつ適切に検討しなければならず、山体膨張の可能性が否定できない場合には、レベルを2に引き上げ、発表すべき職務上の注意義務を負っていたと解するのが相当である。

    それにもかかわらず、ノイズの可能性を排除するために更に評価し解析することをせず、わずか15分から20分程度の検討に基づき、ノイズの可能性があり地殻変動と断定できないとの結論を出してしまい、レベル2に引き上げないと判断した。

    その判断の過程及び結果は、本件判定基準に沿った気象庁の専門技術的判断に基づく裁量の許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであると認めるのが相当である。

 

山体膨張に気付かなかった罪ではなく、気付いたがさらに詳しく調べなかった罪は許容の限度を逸脱している、という直ちに納得できるとは言いがたい論理である。

以上の裁判所の判断は、冒頭に書いた「(1)被告国に対する請求に関する争点」の「ア 気象庁火山課の職員が本件噴火前に噴火警戒レベルをレベル2に引き上げなかったことは、職務上の義務に反し違法であるか」についての裁判所の判断である。上記のように、裁判所は、最終的に、気象庁の判断の過程及び結果は合理性に欠くものであると断じている。

 

10.見過ごされた火山性地震の「緩和期間」

原告準備書面7の23ページに、噴火のモデルを論じた箇所がある。「日本の火山性地震と微動(西村太志、井口正人著、京都大学学術出版会、2006年発行)」を参照して、火山が噴火に至るプロセスが次のように要約されている。

①火山性地震が発生し、ある時点でピークを迎える。②その後、火山性地震の回数は減少する。③しかし、静穏期の地震活動にまで戻らないまま、④地震回数の減少と平仄を合わせるように低周波地震や微動が見られるといった推移をたどって噴火する。

 

と書かれている。最後の微動をのぞくすべての過程が、実際に910日~25日までの間に御嶽山で起こった。微動が観測されたのは9271141分ごろ、噴火の約11分前である。(判決文p.62

 原告準備書面7には、上記の文献の他に、岡田弘著「的確な監視と警戒による火山災害軽減の歴史から学ぶ-有珠山と御嶽山噴火のコミュニケーション孝(日本の科学者 vol.50 No.5 May 2015)」が参照されている。そこでは、

「複雑で特殊な浅部熱水系の環境下では、地震急増に続き「なんらかの緩和プロセス」が進行するはずで、この平常に戻りきれないでぐずぐずしている熱水系の不安定さを見逃さないことこそが重要なのである。」

 

と、912日から25日の間の、火山性地震が低調ながら増減していた期間こそが、噴火の前触れであると指摘している。(本稿ではこの期間を、火山性地震が増加する前の静穏な期間と区別し、「緩和プロセス」が働く期間という意味で、「緩和期間」と呼ぶことにする。)

 裁判所に火山学者として意見書(甲A38)を提出した木股文昭氏も、ピークの後の火山性地震のふるまいについて、以下のように書いて、緩和期間の重要性を強調している。 

91011日にかけて火山性地震のピークを迎え、それが低減しつつも、平常時に戻りきらないという噴火の可能性が高まった状態で、918日から24日にかけては、低周波数地震も発生しました。火山性地震の多発から低周波地震への移行は火山噴火の教科書的な前兆現象です。そして、925日に地殻変動があったことを知ることができたのであるから、遅くともこの時点で、火口周辺に影響を及ぼす噴火の可能性があったことは明らかで、気象庁にもその判断はできたはずです。」

木股文昭:東濃地震科学研究所、副主席主任研究員。著書に「御嶽山 静かなる活火山 (信濃毎日新聞社、20106月)」がある。

 

判決文にも「(8)火山学における知見」として、火山性地震の緩和過程についての次の言及がある。

「火山性地震の活動の推移モデルにおいては、全ての火山の活動に当てはまるわけではないものの、静穏期を挟んで活動を繰り返す火山における噴火に至るまでの火山性地震及び火山性微動の活動のパターンとして、まず火山構造性地震が群発してピークを迎えた後、一旦静穏化するが、低周波地震や火山性微動が発生して噴火に至るという経過が指摘されており、火山構造性地震がピークを迎えた後に一旦地震・微動活動が低下する現象は、世界の火山の約4分の1で見られるとされている。ただし、上記のような特徴的な地震・微動活動が観測されても噴火に至らない場合もしばしばある。」(判決文p.64

 

判決文のこの記述は一見すると、原告準備書面7に記された①~④のプロセスと同じことが書かれているように思えるが、よく見ると③の記述が抜けていることに気付く。判決文の記述では「一旦静穏化するが、低周波地震や火山性微動が発生して噴火にいたる」と、火山性地震の挙動よりも低周波地震や微動の出現に注意が向いているが、西村・井口(2006)や岡田(2015)、木股(本件訴訟意見書)のような、日本の火山学を代表すると言ってもよい人たちの著作が強調しているのは、ピークが過ぎたあとの火山性地震のぐずぐずした挙動が意味することの重要性である。判決文は、意図的かどうかは分からないが、結果的に、読み手の注意を火山性地震の挙動から、低周波地震や微動の方に導いている。

さらに、判決文には、例えば「910日時点」のように期間を区切って、気象庁火山課の対応とそれについての裁判所の評価が詳しく書かれている。912日から同月24日までについては、上に書いた低周波地震について詳しく書かれているが、火山性地震の発生頻度については、次のようにごく簡単に書かれているだけである。

「なお、12日から26日までの御嶽山における火山性地震の発生回数は、1日当たり3回から27回の間で推移し、50回を超えることはなかったものの、火山性地震が発生しない日もなかった。」(判決文p.75

 

このように火山性地震の回数については書いているが、それが噴火が迫っていることを示唆する緩和期間である可能性があること、及びそれに対する火山課職員の動きについての言及はない。裁判所はなぜ噴火の前兆としての緩和期間を無視しているのだろうか。

 



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大阪の高校を退職して、2011年東日本大震災の直後に山梨県小淵沢に移住しました。物理の教員歴33年の間に、地震の話や原子力の話はしたものの、防災教育をやってなかったことを痛感して、以後、防災教育に関する活動を継続しています。
これまでCCnetのブログ(「一鴨日記」)に投稿していましたが、編集機能の問題があって「アサブロ」に引っ越しました。2022年8月31日以前の投稿記事については、旧「一鴨日記」を御覧ください。

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